最近では、従業員を雇わないまま1人で会社を設立し、1人社長になる人が増えています。この記事では、1人社長・1人会社の概要や個人事業主との違い、メリット・デメリットなどを分かりやすく解説します。1人社長・1人会社になるタイミングや、会社設立の手続き方法も紹介するので、ぜひ参考にしてください。1人社長・1人会社とは?1人社長とは、従業員を雇わずに社長1人だけで法人を運営している状態を指します。また、1人社長が運営している法人を1人会社といいます。フリーランス・個人事業主として働いていた人が、1人会社を設立し、1人社長になるケースが多いです。いわゆる「法人化」「法人成り」と呼ばれるケースです。従業員はいなくてもあくまで法人であるため、会社法に則って運営し、法人税を支払います。1人社長・1人会社が増えている背景近年、1人会社を設立し、1人社長として働く人が増加しています。まず、1人社長が増えた背景として挙げられるのは、2006年の会社法の施行です。会社法は、旧商法から会社に関する内容を独立させて新たに作られた法律で、「新会社法」とも呼ばれます。会社法の施行により、資本金1円・取締役1名でも会社設立が可能になり、設立のハードルが大幅に下がりました。また、2018年以降は副業を解禁する企業が増え、会社に所属しながらでも個人事業主やフリーランスとして活動しやすくなっています。個人事業主の法人化が進み、働き方の多様化も1人社長・1人会社が増える要因となっています。1人社長の会社の形態1人会社として設立できる会社の形態は、「株式会社」と「合同会社」の以下の2つです。会社の形態によって、設立後の運営方法が変わります。株式会社合同会社経営者取締役業務執行社員または社員全員出資者株主社員最高意思決定機関株主総会社員の過半数か全社員の同意設立費用およそ25万円〜およそ10万円〜議決権1株1議決権1人1議決権決算の公告義務ありなし定款の認証必要不要役員の任期通常2年(最長10年)制限なし利益の分配出資比率で決定自由株式会社は、合同会社よりも設立に費用がかかり、決算公告の義務もあります。その分、社会的な信用が高いため、大規模な資本金を調達したい場合には有利です。一方で、合同会社は、少ない費用で設立でき、自由度も高いため、少額の資金で事業を行いたい場合に選択しやすいです。1人社長と個人事業主・フリーランスの違い1人社長と個人事業主・フリーランスは、どちらも従業員を雇わずに1人で仕事をする点は共通していますが、大きな違いもあります。ここでは、両者の具体的な違いを解説します。法人かどうか個人事業主は法人を持ちませんが、1人社長は法人を持って運営します。法人とは、所定の手続きをして法人格を取得した組織のことです。1人社長は、法人として会社法に則り事業を行う必要があります。また、個人事業主は個人名義の口座を使用できますが、1人会社は法人名義の口座を開設するのが一般的です。事業を始める際の手続き個人事業主は、税務署へ開業届を提出することで開業できます。一方、1人社長は、会社を設立する際に、法務局への登記申請と資本金の振込が必要です。会社設立は、資本金1円からでもできますが、ある程度の資本金の額がある方が社会的な信用を得やすいです。また、登記申請には、登記申請書をはじめ、定款や印鑑届出書などの書類を提出します。登録免許税や手数料もかかるため、0円で開業できる個人事業主と比較すると、手間と費用の面で会社設立のハードルが高いといえます。収入の仕組み個人事業主は、事業の収益が全て自分の収入となります。一方、1人社長の場合は、収益が会社のお金となります。1人社長の収入は、税務署への届出で定めた給料(役員報酬)です。なお、経営状況が悪化して1人社長の給料が支払えない場合には、減額ができます。会計の処理方法個人事業主と比べて、1人社長の方が経費として認められる範囲が広いです。例えば、1人社長は給与や賞与、退職金も経費になります。また、生命保険料も法人であれば経費にできます。また、個人事業主が赤字を3年繰り越せるのに対し、1人社長は10年まで赤字の繰り越しが可能です。発生する税金個人事業主と1人社長・1人会社が支払う税金の種類は以下の通りです。個人事業主・所得税・住民税・消費税・個人事業税1人社長・1人会社・法人税・法人事業税・法人住民税・特別法人事業税・消費税個人事業主は、収益が増えると所得税の税率が上がります。一方、1人社長の法人税は、会社の規模で税率が決まります。そのため、収益が増えるほど、個人事業主より1人社長の方が支払う税金を安くできます。社会保険への加入の有無個人事業主には、社会保険への加入義務はありません。一方、1人社長は、社会保険への加入が義務付けられています。通常、社会保険料は会社と個人の両者が負担をしますが、1人社長は1人で負担することになります。ただし、役員報酬が0円または社会保険料より低い場合は、例外として社会保険料の加入義務が発生しません。責任の範囲個人事業主は、事業における責任を全て自分で負う「無限責任」です。個人が事業主である状態なので、事業での負債が発生した場合は1人で返済しなければなりません。一方、1人社長は、出資額以上の責任は負わない「有限責任」です。事業に失敗して負債が発生したとしても、支払い義務が生じる額には上限があります。事業を廃止する方法個人事業主が廃業する際には、廃業届を提出するのみで費用がかかりません。一方、1人社長が廃業する際には、法務局へ解散登記と精算人専任登記の申請を行う必要があります。また、書類の提出だけではなく、登録免許税と官報公告費用が8万円ほど発生します。廃業に関する手続きを外部の専門家に依頼する場合は、さらに費用がかかるでしょう。1人社長・1人会社のメリット個人事業主から1人会社を設立して1人社長になるケースが多いのは、法人化することによってさまざまなメリットを得られるからです。ここでは、1人社長・1人会社のメリットを紹介します。社会的な信用が得られる会社を設立すると、法人登記簿謄本に会社の情報が記載され、公的機関から存在を認められます。事業を行っていることが公に証明されるため、1人社長は個人事業主と比べて社会的信用が高いです。また、法人化に伴い、登記された住所や氏名、資本金などの情報は一般公開されるため、取引先や金融機関から信用を得やすい傾向があります。信用が高いほど、新規取引の機会が増えます。節税できる法人と個人事業主では税金の扱いが変わるため、1人社長になると税制面で有利になる場合があります。例えば、赤字の繰り越しが、個人事業主は最大3年間なのに対して、法人は最大10年間可能です。1人社長は赤字を繰り越せる分、支払う税金を少なくできる可能性があります。また、個人事業主は経費計上できない給与や社宅家賃、生命保険料なども、1人社長は経費にできます。加えて、個人事業主は収益が増えるほど所得税率が上がるのに対し、法人税は収益が増えても一定の税率です。そのため、売上規模が大きくなるほど、1人社長になることで節税できる額が大きくなります。有限責任である株式会社か合同会社を問わず、1人社長の責任は有限責任です。倒産した場合も出資額が借金の返済義務の上限となり、個人で大きな負債を抱えるリスクが低くなります。ただし、金融機関から融資を受ける際に社長が個人保証をする場合は、実質的に無限責任になります。1人社長の場合は、個人保証を求められるケースも多いので注意しましょう。資金調達がしやすい信用度の高さから、1人社長は金融機関からの融資を受けやすく、法人限定の補助金・助成金も利用可能です。株式会社であれば、株式を発行して投資家に購入してもらうことも可能です。事業の幅が広がる建設や飲食、運送、人材紹介などの事業を行う場合は、法人でなければ許認可を取得するのが難しいです。そのため、1人社長になると、選択できる事業の幅が広がります。また、法人でなければ取引できない企業も多く、1人社長なら新たな取引先の開拓や事業拡大に有利です。1人社長・1人会社のデメリット1人社長・1人会社は、メリットばかりあるわけではなく、個人事業主と比べて、マイナス面が発生する場面もあります。ここでは1人社長・1人会社のデメリットを紹介します。設立と廃業にお金がかかる会社の設立には、合同会社で約10万円、株式会社で約25万円の費用がかかります。内訳は以下の通りです。株式会社合同会社定款用収入印紙代40,000円40,000円定款の謄本手数料約2,000円不要定款認定料30,000〜50,000円不要登録免許税150,000円か資本金の0.7%60,000円か資本金の0.7%また、廃業にも7〜10万円ほどの費用がかかります。費用の詳細は以下の通りです。登録免許税・解散登記:30,000円・精算人登記:9,000円・精算結了登記:2,000円官報公告費用30,000〜40,000円個人事業主は設立や廃業に費用がかからないのに対し、1人社長はかかるお金が増えてしまいます。必要な費用が多い1人社長は、事業を営む際の費用も、個人事業主より高額になりがちです。例えば、会社を設立した場合は社会保険に加入しなくてはならず、社会保険料が発生します。また、赤字でも法人住民税の支払いが発生します。事務処理が複雑になる1人社長は、個人事業主より勘定項目が増え、事務処理が複雑になります。貸借対照表や損益計算書など、確定申告に必要な書類も増えます。1人で事務処理を行うのが難しい場合は、税理士に業務を依頼することになります。会社の資産は自由に使えない1人社長であっても、給料では足りないからといって会社の資産から生活費を賄うことはできません。個人の資産と、会社の資産は区別して管理する必要があります。また、事業の利益が増えたからといって簡単に自分の給料を増やすこともできません。稼いだお金を自由に使うことができない点で、不自由に感じるケースもあります。1人社長・1人会社と従業員のいる会社の違いは?ここまでは、1人社長・1人会社と個人事業主の違いをメインに説明してきました。では、法人という点では同じである従業員のいる会社ではどうでしょうか。ここでは、1人社長・1人会社と従業員のいる会社の違いを解説します。1人会社は労働条件の通知義務がない従業員を雇う場合は、労働条件を従業員に通知する義務があります。しかし、1人会社は従業員がおらず、社長のみであるため、労働条件の通知義務が発生しません。1人でも従業員を雇う場合には、労働条件通知書と雇用契約書が必要です。1人会社は労働保険・雇用保険の加入義務がない1人社長は、社会保険への加入義務はありますが、労働保険と雇用保険の加入義務はありません。労働保険は、労働時間に関わらず、従業員を雇う場合に必ず加入する必要があります。雇用保険は、週20時間以上の労働を行う従業員を雇う場合に加入義務が生じます。なお、従業員を雇う場合は、労働保険は監督署、雇用保険はハローワークへ書類を提出します。1人会社は事務作業や雑務を1人で行う1人社長は、従業員を雇わないため、事務作業や雑務を人に任せられません。書類作成やデータ入力、備品の補充、顧客からの問い合わせ対応などを1人で行う必要があります。また、経営や事業に関しての意思決定も社長が1人で行います。業務的な負担や心理的なプレッシャーを感じる場合もあるでしょう。ただし、法人の経理に関しては専門知識が必要なため、1人社長であっても外部の専門家に業務委託していることが多いです。1人会社は事業規模が小さいことが多い従業員がいる会社と比較すると、従業員がいない1人会社は、売上や利益の規模が小さくなる傾向があります。そのため、事業規模は従業員がいる会社より小さいことが多いです。事業を拡大していきたい場合は、従業員を雇った方が有利となるでしょう。1人社長になるべきか検討するポイント個人事業主から1人社長になったほうがメリットが大きくなる場合に、1人会社を設立するとよいでしょう。ここでは、1人社長になるべきか検討する際の判断基準を紹介します。課税所得が800万円を超える個人事業主は、所得が上がるほど所得税の税率が高くなります。所得が800万円を超えると、資本金が1億円以下の場合は法人の方が税率が低くなります。そのため、所得が800万円を超えたタイミングで会社を設立して、1人社長になるのがおすすめです。年間売上が1,000万円を超える年間の売上が1,000万円を超えたタイミングで法人化すると、納税額を減らせる可能性があります。年間の売上が1,000万円を超える場合は、2年後から個人事業主に消費税の納税義務が発生します。しかし、個人事業主の売上が1,000万円を超えたタイミングで法人化した場合は、法人としての売上は0円とカウントされます。そのため、個人事業主としての売上がリセットされ、実質2年間の消費税の納税が免除されます。ただし、個人事業主でもインボイス制度に登録している場合は、売上が1,000万円以下でも消費税の納税が必要です。資金調達が必要1人社長は、個人事業主より社会的信用が高く、資金調達がしやすくなります。金融機関からの融資が受けやすくなり、株式会社の場合は株式発行によって資金調達をすることも可能です。事業資金が必要となった場合には、1人会社を設立するとよいでしょう。▼関連記事:フリーランスが法人化(法人成り)するメリット!1人会社を設立して1人社長になる手順実際に1人会社を設立して1人社長になるには、どのような手続きが必要でしょうか。ここでは、会社設立までの手順を説明します。基本情報を決めるまずは、会社設立に必要な基本情報を決めましょう。ここで決めた内容は、後に定款に記載します。決めるべき項目は以下の通りです。社名所在地資本金設立日会計年度事業目的取締役実印を作成する社名を決定したら、会社用の実印を作りましょう。印鑑届出書を法務局に提出することによって、会社実印として認められます。会社設立の登記申請には、印鑑届出書の提出が必要です。登記申請をオンラインで行う場合は、必ずしも実印が必要ではありませんが、このタイミングで作っておくと便利です。その他、法人口座を開設する際に使う銀行印や、業務で必要な角印も事前に作成しておくと役立ちます。定款を作成する会社設立には、会社の基本的なルールをまとめた定款(ていかん)が必要です。事前に決めた社名や所在地、資本金などに基づいて、定款を作成しましょう。株式会社を設立する場合は、定款の認証手続きが必要です。合同会社は認証手続きは不要で、株式会社と比べて手間を省けます。資本金を支払う定款の認証まで(合同会社の場合は定款作成まで)終わったら、資本金を支払います。この時点ではまだ会社を設立していないため、振込先は原則として発起人の個人口座となります。資本金が1円以上であれば、会社の設立は可能です。しかし、資本金の額が少ないと会社の運営資金が足りなくなったり、社会的な信用が低くなったりします。事業の初期費用と3ヶ月分の運営資金を目安にして、資本金を用意するのがおすすめです。登記申請書類を作成・申請する必要書類が揃い、資本金の払い込みまで完了したら、会社所在地の管轄の法務局で登記申請を行います。合同会社は登記申請書、株式会社は設立登記申請書を提出しましょう。また、法務局窓口以外にも、郵送やオンラインで書類を提出することもできます。申請書類に不備がなければ、通常は1週間〜10日程度で登記が完了します。1人社長・1人会社に関するよくある質問最後に、1人社長・1人会社に関してよく寄せられる質問に回答します。疑問点を解消したうえで、会社設立の準備を進めてください。1人社長の給料はどうやって決めるの?1人会社の給料の額は、役員報酬として1年分の月給を決めて、税務署に提出します。給料の額は自由ですが、一度提出した金額を簡単に変更することはできません。そのため、生活するために不足なく、会社の資金から生活費を用立てることがない金額を設定しましょう。1人社長は個人事業主より儲かる?一般的には、1人会社の設立当初は経費が増えるため、会社の収益は個人事業主であったときより下がることが多いです。その後の収益が上がるかどうかは、市場の需要や自分の財務管理能力によって、大きく変わります。1人社長になったことによって、顧客からの信用を高めて受注を増やし、売上を最大化できれば、個人事業主より利益を大きく伸ばせる可能性もあります。業務委託などの外部リソースを上手く使うことも大切です。1人会社にはオフィスが必要?1人会社を設立する際には登記情報として、会社の所在地を登録しなければならないため、オフィスが必要です。持ち家の場合は、自宅をオフィスにして問題ありません。自宅が賃貸である場合は、会社のオフィスとして申請する前に管理会社や大家へ必ず許可を取りましょう。ただし、会社が自宅の住所だと信用度が下がる可能性もあります。法人登記できるバーチャルオフィスやレンタルオフィス、コワーキングスペースを活用するのもおすすめです。まとめ1人社長・1人会社は、従業員を雇わず1人で会社を運営することを指す言葉です。1人で仕事をするうえでは個人事業主・フリーランスと変わりませんが、社会的信用が高まったり、収益によっては節税ができたりします。1人会社を設立する場合は、株式会社か合同会社を選択します。会社を設立するべきか悩んだ場合は、事業所得が800万円を超えたタイミングや、インボイス登録していない場合は、売上が1,000万円を超えたタイミングで法人化するとよいでしょう。個人事業主として専門的なスキルや経験を身につけ、安定した売上がある場合は、1人会社を設立して1人社長になることを検討してみてください。