一般的に労災保険は、企業に雇用されている会社員が対象となる制度です。そのため、フリーランスにとって縁遠い存在になりやすい保険制度の1つです。しかし、2024年11月からフリーランスも加入対象に含まれることをご存じでしょうか?フリーランスとして安全に働くためには、労災保険への理解を深めたうえで、必要に応じて加入を検討することが大切です。今回は、フリーランスに適用される労災保険の重要な知識を解説します。また、補償を受けられる具体的なケースや加入方法、加入時の注意点なども紹介します。「フリーランスは仕事中にケガや病気になった場合はどうすればいいのだろう?」と不安を抱いている人は、ぜひ参考にしてください。労災保険とは?労災保険は、主に企業に勤めて働く会社員を対象とした保険の1つです。仕事中や移動中でケガをしたり病気になったりした際に適用され、治療費の支給や休業補償が受けられます。基本的に労災保険の保険料は企業側が支払うため、従業員が保険料を負担することはありません。なお、従業員を1人でも雇用している企業であれば、労災保険に加入する必要があります。よく似ている保険制度の1つに健康保険が挙げられます。両者には以下のような違いがあります。労災保険健康保険保険料の負担企業が全額負担企業と労働者で折半保障の範囲一般的な病気・ケガの医療費が一部補償される仕事に関係しない病気・ケガも補償される仕事中や仕事に関係する移動中などに生じた病気やケガが補償されるフリーランスは企業に雇用されないため、労災保険には原則加入できません。(建設業など一部の業種は、例外として加入が認められる)そのためフリーランスは、仕事中に病気やケガなどのトラブルが生じても補償や救済が受けられず、リスクが伴う働き方であることが課題となっていました。労災保険の特別加入制度が拡大された理由原則として、フリーランスは労災保険の加入対象外です。しかし、近年は「労災保険の特別加入制度」が設けられ、対象者は拡大しています。特別加入制度の拡大が実施された背景の1つには、働き方の多様化が挙げられます。近年、「会社に勤める」という従来の働き方に縛られず、フリーランスとして働く人が増加しています。そのため、労災保険の加入を会社員のみとすると、仕事中のケガや病気のリスクをカバーできない人が増える点が浮き彫りになってきたのです。労災保険の加入対象者は、2021年4月以降より順次拡大されてきました。そして、2024年11月に予定されている法改正では、フリーランスの全職種が加入対象として認められます。なお、特別加入制度の対象者は全職種に拡大されますが、これはあくまで職種を問わないという意味合いになります。フリーランスであればだれでも無条件で加入できるわけではなく、特別加入制度で加入する際は、一定の条件を満たす必要があるため、あらかじめ注意しましょう。フリーランスが労災保険の加入対象となるケースとは?続いては、フリーランスが労災保険加入の対象となるケースを詳しくみていきましょう。加入対象となるケースフリーランスが労災保険へ加入するためには、まず従業員を雇用していないことが前提条件となります。そのうえで、以下の事業に該当する場合は、労災保険の特別加入が可能になります。企業などと業務委託契約を結んでいる上記と同じ事業において、消費者から業務委託契約を結んでいるフリーランスで活動するカメラマンを例に考えてみましょう。労災保険の特別加入対象は「業務委託契約を結んでいる事業」なので、企業からイベントの撮影を依頼されたケースなどは、労災保険への加入が可能です。また、消費者である個人から個別にフリーランスのカメラマンに撮影の依頼があった際も、業務委託契約が成立していれば特別加入の対象となります。加入対象外となるケース対して、特別加入の対象外となるケースは、以下が挙げられます。不特定多数の消費者に成果物やサービスを販売している業務委託を受けているが、個人から委託されるのみで企業などからの委託はない前項のフリーランスのカメラマンの場合、自身が営んでいる事業が「不特定多数への写真の販売」だったときは、労災保険の特別加入の対象にはなりません。また、撮影依頼を受けるのが個人の消費者のみで、企業と業務委託契約を結んでいない場合も同様に特別加入対象外です。事業形態によって労災保険の加入対象かどうかは大きく変わるため、違いに注意しましょう。労災保険はどのようなときに受け取れる?労災保険に加入した際は、仕事中や通勤中のケガ、病気のほかにも補償されるケースが複数あります。具体的にどのような場合に給付を受けられるのかを詳しくチェックしておきましょう。仕事中や通勤中にケガや病気となった場合まずは、仕事中または通勤中にケガや病気などのトラブルが起きた場合です。例えば、通勤中の交通事故によるケガや、業務中のパワハラ・嫌がらせによって精神疾患を発症したケースなどが挙げられます。このような状況に陥った場合は、労災保険の療養補償等給付が受け取れます。労災保険指定医療機関を通じて必要な治療を行うことで、治療費を自己負担する必要はなくなります。仕事中のケガなどが原因で仕事ができず収入が減った場合労災保険では、仕事のケガや病気などが原因で働けなくなり、収入が減った際にも給付が受けられます。例えば、通勤中の交通事故で長期入院を余儀なくされたり、パワハラによるうつ病で仕事を休まざるを得なくなったりするケースが挙げられます。このケースで受け取れる給付は「休業補償等給付」といいます。休業補償等給付では、働けずに収入が発生しなかった期間を対象として給付を受け取れます。休業4日目以降が補償対象となり、受け取れる金額は1日あたり給付基礎日額の60%となります。給付基礎日額とは、それぞれの仕事の収入をもとに、労災保険加入の際に3,500~25,000円の16段階から選ぶことになります。また、受け取る際は特別支給金20%も加算されるため、給付基礎日額の80%が受け取れる仕組みです。仕事中のケガなどが一定期間治らない場合仕事中に重いケガなどを負い、長期的に完治が見込めないケースも労災保険の補償の範囲内です。療養開始から1年6ヶ月経過しており、かつ以下に該当する場合は傷病補償等年金が受け取れます。現在もケガや病気が治っていない傷病による障害が傷病等級に該当する程度である給付金額は傷病等級に合わせて変動し、1年あたり給付基礎日額の245~313日分の給付を受けられます。ケガや病気が治らないという条件を満たしている限り、継続して給付を受けられます。仕事中のケガが治って障害が残った場合労災保険では、ケガや病気の完治後に障害が残った場合も給付を受けることができます。ケガや病気が治っても障害が残ると仕事や日常生活に支障が生じるため、労災保険による補償や救済を受ける権利があるのです。具体的には、以下いずれかの給付が受け取れます。障害補償等年金(障害等級第1級~第7級に該当する障害が残った場合)障害補償等一時金(障害等級第8級~第14級に該当する障害が残った場合)障害補償等年金では、等級に応じて1年あたり給付基礎日額の131~313日分が支給されます。障害補償等一時金では、給付基礎日額56~503日分が支給されます。いずれも障害等級の程度にあわせて金額が変動します。障害補償等年金は継続的な給付で、障害補償等一時金は一時的な給付となります。仕事中や通勤中に亡くなった場合労災保険で給付を受けられるケースには、仕事中や通勤中に本人が亡くなったケースも挙げられます。例えば、通勤中の交通事故や、業務が原因で発症した病気などで亡くなるケースが該当します。補償は遺族が受け取ります。(遺族補償等給付)受け取れる給付金額は遺族の人数に応じて変動します。実際に給付を受けるためには、亡くなった人の収入で家庭の生計を維持していた、などの要件を満たすことも必要です。なお、仕事や通勤が原因で亡くなった場合に、遺族が受け取れる労災保険には、亡くなった本人の葬儀代を補償する「葬祭給付」も挙げられます。フリーランス向け労災保険の保険料はいくらかかる?労災保険は原則として会社員を対象としたものであり、一般的に保険料は企業が負担します。しかし、フリーランスは会社に雇用されていないため、基本的に保険料は自身で負担する必要がある点に注意が必要です。具体的に保険料がいくらかかるのかを見ていきましょう。保険料は給付基礎日額に応じて月に数百〜数千円労災保険の保険料は、給付基礎日額に応じて、月額数百円~数千円です。保険料の幅がある理由は、フリーランスは保険料も自分で決めることができるためです。労災保険は、給付基礎日額に基づいて必要な給付を受けられ、保険料も給付基礎日額にあわせて決まります。保険料が決まる流れは以下の通りです。給付基礎日額の16段階から選択して申請する労働局長が承認することで保険料が決定する給付基礎日額は以下の16段階から選びます。給付基礎日額保険料算定基礎額年間保険料3,500円1,277,500円3,831円4,000円1,460,000円4,380円5,000円1,825,000円5,475円6,000円2,190,000円6,570円7,000円2,555,000円7,665円8,000円2,920,000円8,760円9,000円3,285,000円9,855円10,000円3,650,000円10,950円12,000円4,380,000円13,140円14,000円5,110,000円15,330円16,000円5,840,000円17,520円18,000円6,570,000円19,710円20,000円7,300,000円21,900 円22,000円8,030,000円24,090円24,000円8,760,000円26,280 円25,000円9,125,000円27,375円なお、年間保険料は以下の計算式より算出します。給付基礎日額×365日=保険料算定基礎額保険料算定基礎額×保険料率(原則0.3%)=年間保険料例えば、加入者が給付基礎日額の中から18,000円を選択して申請した場合は、保険料算定基礎額は365日をかけて6,570,000円となります。そこに保険料率の0.3%を乗算すれば、年間保険料は19,710円になります。保険料が高いほど補償が手厚くなるものの、無理のない金額を設定することが重要です。システムエンジニアやWebデザイナーなどのITフリーランスを対象とした、労災保険の特別加入団体である「ITフリーランス支援機構全国労災保険センター」では、年収を1年の365日で割った金額が適正金額としています。例えば、年収365万円の場合は1万円が目安となるため、月々の保険料は約833円です。フリーランスが労災保険に加入する手続きフリーランスが労災保険に加入する際は、加入したい団体に連絡を取り、所定の手続きを行います。例えば、「ITフリーランス支援機構全国労災保険センター」の場合は、加入手続きは以下の流れで行います。ホームページから費用の試算を行う(給付基礎日額と加入希望日を選択)加入申し込み保険料の支払い申請手続き(ITフリーランス支援機構全国労災保険センターから監督官庁に手続き)加入者証の発行フリーランスが労災保険に加入するためには、自分で給付基礎日額を決める必要があります。そのうえで、必要事項を記入して加入申し込みを済ませ、保険料を支払う流れです。支払いが確認されたあとは、監督官庁宛てに申請手続きが行われるため、正式に労災保険加入が完了するまで待機が必要です。加入手続きが完了すれば、加入証が発行されます。フリーランスが労災保険に加入する際の注意点これまでお伝えしたように、フリーランスが労災保険に加入する際は自己負担が生じます。加入前に注意点を確認してから申し込みしましょう。保険料のほかに年会費などが必要であることを把握するフリーランスが労災保険に加入する際は、保険料のほかにも団体の年会費などが必要になることがあります。例えば、「ITフリーランス支援機構全国労災保険センター」の場合は、入会時に年会費と入会金(3,000円)が必要になります。年会費は加入月によって異なります。4月1日から3月31日までの年度で算出するため、年度はじめとなる4月加入の場合は7,000円、年度途中の加入の場合は加入月より起算して3月末までの月数×600円が必要です。さらに、更新時は更新手数料として1,500円がかかります。保険料のみの支払いを想定していると、想定外の出費がかさみ、収支の管理に影響が出る可能性があるため注意が必要です。保険料は高く設定しすぎないフリーランスが労災保険に加入する際は、保険料を高く設定しすぎないことが重要です。労災保険の保険料は自分で調整できることがフリーランスならではの特徴ですが、高く設定しすぎると、出費の負担が大きくなるため生活を圧迫する可能性があります。保険料が高いほど補償は手厚くなりますが、日常生活に影響が出ないよう、負担感のない適切な金額を設定することが大切です。申請日よりさかのぼっての加入はできない労災保険は、原則申請日よりさかのぼって加入することはできません。申請日よりさかのぼった加入を認めると、労災が発生したあとで加入するなどの対応ができてしまうためです。加入前に発生した労災は、補償の対象にならないため注意が必要です。労災が発生してから加入を検討するのではなく、労災に備え、早い段階で加入を検討することが重要といえるでしょう。まとめ2024年11月からは、フリーランスも所定の条件を満たすことで、すべての職種が労災保険の特別加入の対象となります。たとえフルリモートのフリーランスであっても、長時間座り続けることで腰痛を発症したり、トイレに行く際に転倒してけがを負ったり(厳密には業務中ではありませんが、生理現象のため労災認定されやすいといわれています)など、仕事をするにあたってケガや病気になるリスクが伴います。フリーランスでも安心・安全に働くうえでは労災保険加入が重要といえるでしょう。これまでにヒヤッとするようなトラブルを経験したことがある人や、今後フリーランスとして独立するうえで労災が心配な人などは、労災保険の特別加入についての理解を深めることが大切です。フリーランスは、自分自身で労働環境を快適に整えることが欠かせないため、その一環として労災保険加入も検討していきましょう。